鄭世璠と油絵《三等車内》

          曹 永洋   原作

呉 昭新 日本語訳

1992年、王昶雄さんが主宰する「益壯会」で画家鄭世19152006)氏と知り合った。彼は私が以前知り合っていた画家とはまったく違っていた。芸術上の練磨と堅持以外に、彼には一般画家の孤高奇癖がなかった。

鄭氏の個性は楽天ユーモアで、自己紹介の時も、よく本名の同音にもじったあだなで自分をからかった、例えば、彼の名前を中国発音で読めば「正しく蕃人である」「星帆」「生蕃」「性の伴」等に通じると。又画室も日本名で「ガラクタ斎」と名づけた、又自宅の庭園をさえも日本語で「出鱈目園」と呼んだ。だが、この様な誰もが自由自在気楽に交際できる芸術家(私が並みの個性を持つ芸術家は二流または三流の絵描きに過ぎないと思っていたのは、大きな間違いだった)の作品は只の一点も並みのものはなかった。

氏の故郷にある新竹市立文化中心は1993年彼の帰郷追憶専輯《遊筆人生》計150点の作品を印刷発行した。作品の作成時代は30年代から90年代に渡っている。氏が34歳の時の創作《三等車内》はその代表的作品と言うべきである。画面は40年代の人生の一場面を現している:三等車内に座っている一群の庶民の群像、片側に乳をのませている母親、向かえ側には眼鏡をかけた旗袍(チャイナドレス、チーパウ)の仮眠の婦人と一人の思いにふける女;画面の両側には各々席にすわっている旅客、彼らの表情はぼんやりとして、その輪郭を観うるのみ。画面の焦点は疑いもなく頭上に物を載せて売っている少年、見たところ小学生の年頃らしく、生活のために既に第一線にたって現実社会に肉迫戦を展開している。左側の後ろには一人の冷桶(アイスキャンデーをいれる)を下げてアイスキャンデーを売る女の子、その無理をして重すぎる冷桶を提げている様、これまた哀切な生命の歌を奏でているのを暗示するのではなかろうか?

正しく画家が美術小話に云うところの:「一幅の優秀なる作品は偶然の産物ではない、正に芸術家が叙情する感情‧思想の結晶、そして背後に長い年月にわたる研鑽‧思考‧経歴と修養が包まれている。」創作者は自分の感情と体験を、芸術技法を通して,きめ細やかに深刻な意味ずけを表現し、諸々なる庶民生活の様子を突出さしている、まことに人をして玩味さするとろあり。一枚の作品がこの様な人を動かす力を発散し得ると言うことは、正しく、芸術尺幅千里(芸術一尺の幅なれど千里を覆う)、其の真意は言外の精妙なる構図‧線‧色彩‧技法の神秘を指すのであろう。

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