士林小学校の守り神そして宝

――浅井忠《湯島聖堂大成殿》

曹永洋   原作

呉昭新 日本語訳

浅井忠(18561907)日本画壇有数の大家の一人である。安政三年江戸(東京旧称)に生まれ、青年時代には軍人として中国東北にて、日清戦争を体験していた、故に早期の画作には多くの清末の東北に於ける戦争の場面の画作を残している。《台湾文学評論》の表紙絵物語ですでに紹介した台湾の美術教育につくした石川欽一郎もその門下生の一人である。

1895年下関条約に依って清国は台湾及び澎湖諸島を日本に割譲した総督府の学務部長伊澤修二は六人の教師を率いて渡台し新しい教育を始めた。その翌年浅井忠氏はこの絵を餞別の記念として伊澤氏に贈った。最初は芝山巌学堂 (現士林小学校の前身) に掛けられていたが、その後台湾最古の士林小学校 (創設111) の校長室に掛けられて参観者の目に触れられている。この一枚の精巧な油絵の中の大成殿これまた日本に於ける孔子廟そのものであり、孔子の「有教無類」の精神の旨を宣揚せんとするものである。18951945年間日本は台湾に対して殖民地政策で統治したが、半世紀の中に台湾全島にあまねく小学校と中学校を設置し、台北には台北高等学校及び台北帝大を設置した。終戦の年における台湾の教育水準はアジアにおいて、日本本土の幾つかの大都市に次ぐものであり、又はるかに日本北海道に勝るものであった。これまた日本人が台湾にのこした近代化への重要なる基礎であった。

      この絵は伊澤氏が日本本土へ帰った後士林小学校の校産となり、学校の宝そして守り神となった。1998年、浅井忠氏逝去九十周年に当たって、京都新聞社は浅井氏の画集を印行し、又京都及び千葉県において記念展覧会を催よした。この一枚の価値ある絵画も保険の下で日本へ運送されて展覧された。この無上の価値ある名画は200312月、 邱校長が窃盗に遭う恐れありとの理由をもって台北市の美術館の蔵の中に保管を依頼した後、再び日の目を見ることなく、ただただ士林の人々と校友をして溜息をつくばかりのみ。

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